変わる長崎を記憶したい

いち早く世界とつながる長崎-国際海底電線小ヶ倉陸揚庫

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どこよりも先に世界とつながった長崎

長崎は電信で東京とつながる前に,世界とつながりました。
長崎-上海の間と長崎-ウラジオストクの間に海底通信ケーブルが敷設されたからです。

どこにケーブルが揚げらていたの?

現在の柳埠頭の長崎南消防署向かいに小高い丘があり,そこに陸揚庫がありました。
現在は丘と施設はなくなり,陸揚庫はレストラン「庄屋」や「清香園」の隣に移築・復元されています。
内部には設備が置かれているようですが,見ることはできるのでしょうか。中に人がいるのを見たことはありません。

通信業務はどこで行なわれていたの?

現在の,ANAクラウンプラザホテル長崎グラバーヒルの位置にあった,ベルビューホテルの一室に,ありました。ホテルの前には「国際電信発祥の地」の碑が置かれています。

動画で見てみましょう

陸揚庫の映像と,それがあったであろう丘の跡の映像です。

長崎歴史文化博物館の資料

長崎歴史文化博物館には,この「国際海底電線小ヶ倉陸揚庫」や国際電信に関する資料があります。

千本海底線陸揚室
千本海底線陸揚室

長崎を記憶するYouTubeチャンネルの紹介

私たちが過ごす長崎。その長崎の今の景色は過去になっていきます。

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